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「余暇」と「遊び」の研究者・実践家として半世紀を生きてきた薗田碩哉のページです。

 

真面目で現実的な生活の側から見れば、一見取るに足らない「余暇と遊び」、しかし、そこには人間の生命の源につながる深い意味と価値が隠されています。

 

平安時代の末期に後白河天皇が編んだという歌謡集『梁塵秘抄』には「遊びをせんとや生まれけん」という有名な一節があります。まことに人は「遊びをしようして」生まれてきたのです。子どもにとってはもちろん、若者にも中年の大人にも高齢者にとっても、遊びは「生きる喜び」に違いありません。そしてオランダの碩学ヨハン・ホイジンガの言うように「文化は遊びの中に、遊ばれるものとして生まれた」のです。(ホイジンガ『ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)』1938年)

 

遊ぶためには余暇が必要です。何ものにも縛られない自由な余裕の時間としての余暇こそ、人間らしい暮らしを創り上げる原資であるはずです。しかし、明治以降の日本の社会は余暇を無視した労働一辺倒(勤倹力行)の生き方を人々に強いてきました。20世紀後半、経済が成長して物質的には豊かになっても、自由な時間に注目すると、欧米社会に比べて著しい「余暇貧国」の現実があります。そのことが日常の暮らし―文化や教育や福祉や政治のあり方までを貧しくしていることに気付かねばなりません。

 

新しい社会とライフスタイルをデザインし直していくために、遊びと余暇の観点を持つことは欠かせない課題です。このページでは、遊びと余暇の哲学を土台に、「余遊」の世界の豊かなバリエーションを追って、文化、芸術、学問、スポーツ、ツーリズム、自然と環境に注目し、さらに教育、福祉、まちづくり、経済、政治…等々との関わりを見つめていきます。