薗田碩哉の遊び半分

大山の階段

 コロナに災いされて旅にも行きにくい春の日、新緑があまりに美しいので隣りの神奈川県の大山に詣でることにして家人と出かけた。小田急線に乗ればわが住む多摩から1時間足らずで大山の入り口である伊勢原に着いてしまう。そこからバスに20分も乗れば大山は阿夫利神社の参道の入り口に到着だ。お目当ては参道の下の方にある「東学坊」というお宿。江戸の昔から400年も続いているという宿坊で、豆腐料理が有名、沸かし湯だが風情のある露天風呂も楽しめる。宿に入る前にまずは神社への参拝が先である。

 バスの終点から阿夫利神社の下社までは、歩いたら1時間半はかかる山道だが、有難いことにケーブルカーがあって年寄りでも楽に上がれる…はずなのだが、バスの終点からケーブルカー駅までの道が半端ないのである。実はこのルート、神奈川県人だっただけに子どものころから何度となく訪れていて、ケーブルカーにも乗っているのだが、これまではこの道がこんなに大変だとは思わなかった(それだけ歳を取ったということだ)。両側に食堂やカフェや土産物屋が続く段々道の「コマ参道」は、数段から数十段の階段が次から次へと現れる。階段を上がるたびに最上段に独楽の絵が嵌め込まれていて、それが1つから2つ、2つから3つと増えていくのである。平日で天気も良くないせいもあって客は閑散、土産物屋のおばさんも仏頂面で呼び込みもしない。その横をせっせと上がってケーブルカー駅直下の最後の階段を登り切ると27個の独楽が表示されていた。標高差にして100㍍、これ自体立派な登山道なのである。

階段を登る足

 誰も乗っていないケーブルカーを二人で独占、霧が深い急斜面を一気に登る。歩けば健脚でも3∼40分はかかる男坂・女坂をたった6分で運んでもらい、下社の駅に着いた。大きな鳥居をくぐれば阿夫利神社の境内である。やれやれと思ってゆく手を見ると、そこにまた数十段はあろうかという幅の広い石段が壁のようにそびえている。これを登り切らなければ本殿にたどり着けない。最後の一仕事と覚悟を決めたとたん、連れ合いが提案を持ち出した。 「グリコで登りましょう」というのである。

 ご承知の通り子どもたちが大好きなじゃんけん遊びである。二人でじゃんけん、グーで勝ったら「グリコ」で勝った方は3歩進める。チョキで勝てば「チョコレート」だから5歩、パーで勝てれば「パイナップル」なので6歩行けるというあれである。雨模様で霧に閉ざされた石段には他に人影はない。おじいさんとおばあさんが大声でじゃんけんぽん、「グリコ」「チョコレート」と叫びながら抜きつ抜かれつの階段上りレースが始まった。始めのうちは勝ちが続いてだいぶんリードしたと思ったら、手を読まれたか負けが込んで追い抜かされ、下から相手を見上げて必死のじゃんけん、とうとう追いつけずに負けてしまった。とは言え長い階段をあっという間に登り切って、足の疲れも感ぜずに社殿前の広場に上がることができた。遊び半分の思わぬ効用というべきか。

 その後は濃霧に包まれた幻想的な社殿に詣でて疫病克服、家内安全を祈り、来た道を苦も無く引き返してお目当ての東学坊へ飛び込み、枯葉の浮いた露天風呂にゆったり浸かって豆腐料理を満喫した。これからも難儀な階段が現れたらグリコじゃんけんで挑戦しようと連れ合いと確認したことであった。

2021年5月4日 薗田 碩哉

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